JSK通信

長生きのコツ

代表取締役 上能 喜久治

 

心の豊かさを・・・

 

 65歳になったばかりの私が言うのも憚れますが最近、長生きのコツというものがわかってきました。それはいくつになっても夢・ビジョン・目標を持ち続けること。そして明るく楽しく前向きに生きることです。つまり、心の豊かさこそが大切なのです。

 ガンに罹り、その摘出手術を受け10年以上元気にされている方が私の周りにも多くおられます。それらの方に共通するのは常に目標を持ち、前向きに生きておられることです。私が60歳を過ぎた頃はまだ多くの同い年の友人は働いていました。しかし、65歳を超えた今、その友人の半分以上がリタイアしています。朝、起きて行く会社がある、やる仕事があるというだけでなんとすばらしいことでしょうか?若いころは当たり前、と思っていたことが当たり前ではなく、なんとすばらしいことだ、ということがやっとわかってきました。“少しでも多くの人のお役に立ちたい”“少しでも多くの人に喜んでいただきたい”と心から思います。

売上や利益というのはその結果であって決して追いかけるものではありません。

 東京の聖路加国際病院名誉院長の日野原先生は現在、104歳の現役ドクターとして活躍されています。そのエネルギーの源は“患者さんのお役に立ちたい”という想いと“一年先、三年先にも予定が入っていて死ぬわけにはいかない”という願いです。

 

 

何の見返りもないことを一所懸命にやる

 

 先日、私が子供のころからの夢であったキャンピングカーを購入しました。この五年間で桜・紅葉・温泉の名所百ヵ所を回る予定を立てています。70歳になれば英会話と楽器のサックスと習字をそれぞれ個人教授で習い、マスターする予定でいます。いわゆる「60の手習い」ではなく「70の手習い」を始めます。

 キャンピングカーにはあと、二つの使用目的があります。東日本大震災が発生して間もなく5年が経ちます。あのような大震災が発生した時にいち早く、救援物資と人材を積んで被災地に駆けつけます。あと一つはターミナルの傍の駐車場に車を止めて、悩んでいる人や困っている人に声をかけ、キャンピングカーの中で生きることのすばらしさ、働くことの喜びを話します。当然すべてタダです。何の見返りもありません。それがいいのです。私の経験や人生観をお話しすることで一人でも多くの人に勇気付けられることができればこれ以上の喜びはありません。

 この巻頭言の最後に私と一緒にキャンピングカーの試乗と契約に行った妻が購入することに反対しなかった訳を書いておきます。「あんなに欲しがっていた車を買うことを私が反対して、そのまま逝ってしまったら申し訳なくて悔いが残る」なんという名言でしょうか!さすが我が恋女房です。

その時、どうする?

代表取締役 上能 喜久治

 

明けましておめでとうございます。

 

 会社や病院・学校等を経営していて大きな岐路に立ち、どちらにすべきか、判断をして決断しなければならない時があります。そのような時にどのような考え方やどのような基準に基づいて判断すればよいのか、私の経験などからお伝えさせていただきます。

 

  1. 銀行に借入申込をした際に、親の自宅を担保に提供してほしい、と言われた時

     私の自宅もありましたが、まだまだ住宅ローンの借入残高が多く、担保余力もなかったので全く担保設定をされていない親の自宅を担保提供してほしい、という銀行からの提案でした。当社の資金繰りを考えれば、どうしても借入をしなければならない状況でした。しかし、私が税理士として何度か次のようなケースを見てきました。親の自宅を担保提供したものの、その後、業績が悪化し、結果として親の自宅が競売にかけられ、手放さざるを得なかった事例です。

     「事業というのはよい時ばかりではない。当社の業績が悪化して担保提供した私の親の自宅が取られてしまえば私は死んでも死にきれない。」と銀行の支店長にお話しして親の自宅を担保に、という提案をお断りさせていただきました。当然、借入はできない、と思っていたところ、その数日後、支店長から電話をいただきました。「今回は担保なしでご融資させていただくことに致しました。親を想い、親のことを案じる心が今回の決定に繋がりました。」と言われました。銀行の本部の融資担当者も支店長もみんな人の子です。借入先の経営者の人として親に対する想いがわかる銀行と取引すればよいのです。

  2. 支払った生命保険料が経費にならずとも・・・

     私の母が70歳のとき、母が社長をしている会社で生命保険に入ろう、として生命保険の営業の人からお話を聞きました。「90歳定期保険をお薦めします。90歳まで保障があり、その保険料は最終的に全額経費になります。」を言われました。しかし、よく聴いてみると90歳以上長生きすれば保険金は一円もない、とのこと。95歳でも100歳でも長生きしても必ず保険金をもらえる商品はないのか?」と聴くと「終身保険がありますが保険料は全く経費にはなりませんよ。」ということでした。

    90歳以上長生きすれば損、というような保険には例え経費になろうとも入らず、終身保険で契約しました。結局、母は93歳まで長生きしました。

     この二つの事例から経営判断する場合、その基準は「損か得か」ではなく、その判断が「人の道に沿っているのか外れているのか」です。ビジネスの世界でも血の通った経営をすることがあなたの会社の繁栄に不可欠となります。

     

              今年も皆様のご健勝と貴社の益々のご繁栄を心から祈念申し上げます。

別れのときに!

代表取締役 上能 喜久治

 

広い心・豊かな心を・・・

 

 「別れ」というのは人生に於いては死別や離婚あるいは恋愛中であった二人が何らかの理由で別れることもあります。会社に於いても社員の退職や長年にわたってお世話になった得意先や仕入先等の取引停止などがあります。いずれにしても別れというのは誕生や結婚、取引開始に比べて淋しくつらいものです。しかし残念ながら昨今は離婚率の上昇に代表されるように別れの場面が多くなり、そのときに自分のことはさておいて、相手をののしり、悪口を並べ立て、非難することがあります。別れのときにせめて一言でもご縁に感謝し、今後の相手のご多幸をお祈りすることはできないものでしょうか?

相手が憎いかも知れません。取引先に瑕疵があったのかも知れません。その結果、別れがあり、取引停止があるのでしょう、長所ばかりの人はいません。また、取引をしていて担当者が発注した商品を間違ったり、納期に遅れたりすることもあることでしょう。

このような取引先に罵声を浴びせ、最終の支払をせず、取引を止める。たった一回の間違いで・・・。このような時にその取引先とお付き合いが始まった頃を思い出してみましょう。時には我社のために一所懸命に動いていただいたのではないでしょうか?長年にわたって大変なお世話になったのではないでしょうか?そのようなことに感謝せず、御恩を忘れ、たった一回の間違いで怒りまくる。このような会社、このような経営者を見てきました。人生いろいろで、会社もいろいろです。あなたが経営者ならこのようなことを絶対にしないで下さい。あなたが経営者なら一度の間違い・一度の失敗を許す心の広さを持って下さい。

 

“認める・許す・与える”が心の広さ・心の豊かさを示すキーワードです。

 

 また、取引を止める時に最終金を支払わないという経営者も見てきました。そのわずかな金額を支払わず、得をした、と思っているかも知れません。しかし、そのような経営者はとても大きな損をしていることに気付きません。目先は得をしていても長い目で見ればその失った信用・信頼は計りしれません。この信用・信頼は目には見えません。この目には見えない信用・信頼こそ人も会社も大切にしなければならないものです。

 

 

光輝く人生を!成長繁栄する会社を!

 

 人生においても会社においても別れはあります。しかし、その別れ方が重要なのです。死別はもちろんのこと、離婚する相手に対して、退職していく社員に対して、取引を止める会社に対して、今までの御恩に感謝の言葉を述べ、今後の相手のご多幸をお祈りする。目先の損得に左右されず、小さなことで信用を失わず、あなたが経営者ならそのような心の広さを持ってほしいものです。その心の広さ・豊かさがあなたの人生を光り輝くものにし、あなたの会社を末永く成長繁栄させていくのです。

相手を思いやる心

代表取締役 上能 喜久治

 

視点を変えれば・・・

 

 変動損益計算書における利益は次の算式で求められます。

       売 上

     ―)変動費  

       限界利益

     -)固定費  

       利 益  

従って利益を上げるには三つの方法しかありません。

 

  1. 売上を上げる

     

  2. 変動費を下げる

     

  3. 固定費を削減する

     

     但し、このそれぞれの方法には無限のやり方があります。例えば①の「売上を上げる」には販売単価を上げる、販売数量を増やす、新商品を投入する、新しい得意先を開拓する、営業エリアを拡大する・・・etc.

     また、「販売単価を上げる」だけでも無限のやり方があります。つまり、経営戦略や経営手法は無限にあり、その中から今、自社に合う最適のものを選択し実行していきます。

     この種々選択する時に注意しなければならないことは自社さえ業績が良ければよい、という利己主義的な方針は絶対にとってはいけないことです。お客様や得意先、仕入先や取引先、社員やその家族、地域や国家のことなどを思いやることが重要です。

     

    大漁

    金子みすゞ       

    朝焼小焼だ

    大漁だ

    大羽鰮(いわし)の

    大漁だ。

     

    浜は祭りの

    ようだけど

    海のなかでは

    何萬(まん)の

    鰮のとむらい

    するだろう。

     

    視点を変えて相手を思いやる心を持って経営すれば結果は業績となって表れてきます。

働く目的・生きる目的

代表取締役 上能 喜久治

 

働く喜びを知らない・・・

 

 建設業の職人が足りません。運送業のドライバーを採用募集しても来ません。美容業の美容師も来ません。警備業のガードマンがいません。飲食業のスタッフがなかなか集まりません。このような声を最近、よく耳にします。果たして本当に人材はいないのでしょうか?

 最近、新聞やテレビで報じられる犯罪の犯人の多くが無職であることに大きな憤りを覚えています。犯罪を犯すような人間だから職が無いのでしょうか?いや、それよりも働かず、時間を弄んでいるから盗んだり、人を騙したり、傷をつけたり、殺したりするのでしょう。では、いったい、この無職の人たちはどのようにして生活をしているのでしょうか?ある人はいい年をしながら親の扶養家族になっています。ある人は雇用保険の失業手当で暮らしています。又、生活保護を受けている人もいることでしょう。いづれにしても働いていません。働くことの喜びを知りません。

 

 

親が子に、上司が部下に教えること

 

 働くことが嫌な人がいます。“働かされている”と被害者意識の人がいます。言われたことだけしか、やらない人がいます。このような人も働くことが面白いとか、楽しいとか、感じたことも思ったこともないのかも知れません。だから働かないのでしょう。働かなくても生活ができるのであれば働きたくないのでしょう。しかし、働かずに毎日、いったい何をしているのでしょうか?家で一日、テレビを見ている?朝の開店時間からパチンコをしている?ネットにつまらぬことを書きこんでいる?パソコンやタブレットでゲームをしている?

 このようなことをしていて人生が楽しいはずがありません。働いていないから当然に収入もありません。結婚もせず、子供が育っていく喜びも知りません。

 このような子を持つ親にある程度の共通点があります。それは親自身が働くことの喜びや楽しさを子供に教えていない、ということです。いや、むしろ親自身が「給料が安い」とか「会社が面白くない」「仕事がきつい」という言葉を家で話しているのでしょう。

 親が子供に「勉強しろ」という前に「何のために勉強するのか?」をわかりやすく話すことの方が大切なのです。同じように親や上司が「何のために働くのか?」「何のために生きているのか?」を問い、その答えを導いてあげることが重要です。働く目的や生きる目的を掴んだ時に人は輝き、働くことに喜びを感じ、その人生がすばらしいものになっていきます。

 

働いている人はみんな立派で、みんな偉い!

親からの相続で学んだこと!

代表取締役 上能 喜久治

 

人の道を外してはならない

 

今年の相続税発生分から基礎控除額が大幅に引き下げられ、相続税を申告納税しなければならない人が大きく増えることが予想されています。そのため今、相続税対策セミナーには多くの受講者が集まっています。

 私の母が昨年7月に亡くなり、今月の5月に相続税の申告納税時期を迎えます。私自身の相続体験からいくつかの学びがありました。

 まず一つはいまから20年以上前、母が70歳の時に会社で生命保険に加入しておこう、と保険代理店の人に相談しました。相続税の納税資金対策を目的とした保険でその代理店の営業マンから「会社で生命保険契約をするのであれば90歳定期保険をお勧めします。保険料は最終的に全額経費になります。」と言われました。その生命保険の商品は母が90歳までに亡くなれば保険金が下りる。ただし90歳以上長生きすれば保険金は一円も下りない、というものでした。私はその営業マンに「そのような生命保険に息子として契約することはできない。母が90歳までに亡くなれば保険金はもらえるが90歳以上長生きすれば保険金はない。そのような保険ではなく百歳でも長生きしても下りる保険はありませんか?」と尋ねました。すると「終身保険があります。ただしその保険料は一切、経費にはなりませんよ。」と言われました。保険料が経費になろうがなろまいが親が早く亡くなれば得をする、というのは人の道に外れています。結局、母は93歳の天寿を全うしました。そして終身保険の保険金は母の除籍謄本と死亡診断書を保険会社に送付するとすぐに保険金が会社に入ってきました。

 

 

遺産分割で思ったこと

 

 昭和56年、私が30歳の時に父を亡くしました。母は父の遺産の約半分を相続しました。その母の遺産を私たち兄弟三人で相続するに当たり、協議しました。その話し合いは約10分で終わりました。兄と姉がそれぞれ欲しい遺産を言い、私はその残りの遺産をいただくことになりました。結局、私の遺産額が一番少なくなりましたがそれで十分でした。両親からはこの健康なわが身をいただきました。目が見える、耳が聞こえる、指が動く、足で歩ける。これ以上、何を親に求めるのでしょうか?稼ごうと思えばいくらでも稼げるのです。親が残していただいた財産に文句を言えばバチがあたります。この世に命を授かり、育てていただいた。ただそれだけで感謝しかありません。それにも拘らず、財産まで残していただいた。この財産は私が使うことなく、私の子や孫に残すつもりでいます。“親先祖からいただいた財産である”ということをしっかりと伝えておきます。親からの遺産が多かったから得をした。そのような損得ではありません。あなたが経営者なら親の遺産をアテにすることなく、自分で稼ぐことができる立場にあることに感謝と喜びを感じて下さい。

喜ばれる経営を!

代表取締役 上能 喜久治

 

単純で簡単なこと

 

 どうすればお客様が喜んでくれるのか?どうすれば社員がやりがいと誇りを持って喜んで働いてくれるのか?どうすれば取引業者が喜んで商品を納入してくれるのか?このように自社を取り巻く人々に喜びを提供すれば当然に業績が上がってきます。この単純にして簡単なことを実践するだけで売上は上がり、利益は大きく伸びます。ところが残念ながら多くの会社が、多くのお店がそれと反対のことをしています。お客様や得意先が喜んでくれるのか、ということよりも自社の都合が優先されています。自社の業績悪化を理由にして仕入先や取引業者に値引き要求をしたり、支払遅延の要請をすることなど、言語道断です。経営者である自己の責任を他人のせいにし、社会のせいにし、政治のせいにするのです。業績が悪化すればまず己の役員報酬を下げる。赤字であれば役員報酬は全額返上する。そのような経営者自身の自己責任を明確に公表し、自己に厳しくすることがあなたを取り巻く周りの人々からの信用を得るのです。

 最近、税務署や証券会社に電話するとテープが流れるところがあります。「○○のご用件は1番、△△のご用件は2番、××のご用件は3番、・・・」このチンタラしたメッセージを聞くたびに腹立たしさを感じる私はまだ人間ができていないのでしょうか?

 

 

自社都合ではなく相手の視点から見る

 

 このようなところに共通しているのは交換手の人件費削減という自社都合優先の姿勢です。この会社を代表する交換の人の対応でその会社がわかるのです。自社からの視点ではなく、お客様視点で見ればどうすればよいのか、すぐにわかります。

 事務所や工場で男女兼用のトイレは珍しいものではありません。しかし男女別のトイレだったら女子社員はとても喜ぶそうです。この些細なことにこだわり、職場環境を改善していくことが重要なのです。

 先日、ある会社の事務所のリフォームをするのに業者に見積もりを依頼したところ、その社長が考えていた金額よりも随分安かったそうです。「きっちりと儲けて下さいね」と業者に言うと「そのような有難い言葉をいただくのは初めてです。いつも見積もりの時に値引きされ、支払時に更に値引きされます」また、ある会社は銀行から借入する時に銀行から提示された金利が驚くほど低く「これで貴行は儲けはあるの?」と支店長に尋ねると「もっと下げろと言われるところが多いのに・・・」と喜んだそうです。

 このようにお客様・社員・業者・取引銀行等に喜ばれる会社やお店の業績は当然に伸びて行きます。自分がされて嫌なことはしない。自分が言われて嫌なことは言わない。この実に単純で簡単なことを実践すればすばらしい会社となり、すばらしい人生となります。

「個人の権利」と「公共の福祉」

代表取締役 上能 喜久治

 

明けましておめでとうございます。

 

 先日、当社社員の運転する社用車が狭い道を曲がろうとした時に民家の塀にこすってしまいました。今回のことに限らず、その所有者が少しだけその塀を控えてくれて道路の幅が広くなっていたらどれだけ多くの人が喜ぶことだろうか、とひしひしと思いました。その所有者は「自分の土地だから目いっぱい建てて何が悪い!」と言うことでしょう。あるいはまた、「高い値段で買った土地だから控えるなんてとんでもない!」とおっしゃるかも知れません。しかし少しだけ塀の位置を控えれば道路幅は広くなり、どれだけ多くの人が喜ぶことか知れません。「自分の土地だから何をしてもいい」というのではなく、人のために、地域のために、という強い想いを土地の所有者には持ってほしいものです。

 

 これとよく似た話がたくさんあります。例えば福島第一原発の周辺地域で汚染された土壌等の中間貯蔵施設や最終処分地を巡って多くの反対運動が湧きおこっています。多くの市町村長は住民の反対を恐れて我が町にそのような施設がくることに強く反対しています。しかし、どこかには作らなければならないのです。このようなときに真っ先に手を挙げて「中間貯蔵施設は我が町で引き受けます!」という首長はいないものでしょうか。当然に強い住民の反対に遭遇します。その時に住民を説得し、納得して頂き、協力をお願いするのです。「この日本の一部の地域が困っている。同じ日本人として我が町がお役に立つのならどうぞ喜んで使って下さい。その昔から日本人はみんなで助け合い。分かち合ってきたではありませんか!」このように言い切ることができる首長こそが真のリーダーです。住民の反対や世論に迎合するだけの首長にリーダーシップを感じません。

 

 「ゴミ焼却場がくれば清掃車で渋滞する」「火葬場がきたら毎日、家の前を霊柩車が通る」などの問題が各地で起こっています。戦後に作られた現行憲法には多くの「個人の権利」が謳われています。しかし第12条には「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、つねに公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」と書かれています。しかし残念ながら昨今の世相を見ていると「個人の権利」ばかりが叫ばれ、「公共の福祉」が忘れられているように感じます。「公共の福祉」とは世のため、人のため、地域のため、日本のため、地球のためを想い、行動することです。自分の土地が、自分の会社が人様のお役に立っているのか?地域に喜ばれているのか?今一度、振り返り、伸びている会社は世の中から、人から、地域から支持されていることを認識して下さい。

 

 皆様の今年のご多幸・ご健勝を心より祈念申し上げます。

「私が悪い」

代表取締役 上能 喜久治

 

労務問題発生の本質は・・・

 

 昭和63年7月1日に6坪の事務所で開業して以来、26年が過ぎました。今から振り返れば順風満帆のように見えますが実際は苦難の連続でした。信頼していた部下の不正事件、6名の一挙退職事件、労働組合結成事件etc.当時はそのような社員を責め、非難し、嘆いていました。怒りや憎しみ、悔しさが私の心の中で渦巻いていました。そこにあったのは「私は正しい」という思いでした。

 しかし、私が今、思うのは「私が悪い」という心からの反省と謝罪です。当社を辞めていった部下や労働組合を作った社員が悪いのではなく、彼らをそのようにしたのは全てトップである私の言動や行動が原因であった、ということに気付きました。

 そのような社員を採用し、教育していったのは他の誰でもなく、この私なのです。私と社員とのコミュニケーションの不足であり、お互いの信頼の欠如です。もっと彼らを理解して、信頼して、労いの言葉をかけていればそのような結末にはなっていなかった、と思うと残念でなりません。

 その頃以上に昨今はサービス残業や過酷労働に対する世間の目は厳しさを増しています。深夜一人労働などでブラック企業と名指しされた外食産業の会社には採用活動をしても応募者がなく、多くの店で閉店や休業を余儀なくされています。

 

 

最善の解決策は“ツミの自覚”

 

 得意先からいただいた手形が不渡りになりました。誰が悪いのでしょうか?手形を振出し、不渡りにした会社でしょうか?いいえ、不渡りになることを見抜けなかったあなたが悪いのです。

 夫婦・親子・兄弟が不仲であるのも相手を責め、あるいは嘆いても何も解決しません、解決に導く最良の方法は「私が悪い」と土下座し、詫びることです。

 

 

幾日幾夜父母にひれ伏し、夫にぬかづき、否、妻の前に全身をひれ伏し、子に首を垂れ、弟子に詫び、行員に誓う。わび、あやまり、罪悪のことごとくを放逐する。その時、身分年齢の高下をこえて、相手を無上に敬って、ただ涙をそそぎ、至情を吐露する。

この時、あらゆる我情は、洗いさられた明澄至純の心境に達する。家が変わり、環境が変わり、人が変わる。(丸山敏雄)

母を偲んで

代表取締役 上能 喜久治

 

父の生誕100年を前に・・・

 

 去る7月4日に私の母が93歳で亡くなりました。死因は老衰でした。痛みも苦しみもなく、眠るがごとくあの世に逝きました。母が75歳の時、一緒に富士山に登りました。80歳を過ぎるまで畑仕事をしていました。母がつくるエンドウ豆はやわらかく、甘くて、それを使って炊くエンドウご飯は最高でした。

 両親は戦時中に見合い結婚し、父はすぐに召集され、満州に赴きました。八路軍やソ連と戦った話を何度か父から聴きました。父が属していた連隊の隊長がすばらしい人でその部隊から誰一人としてシベリアに抑留された人はいなかったそうです。

 その父も私が30歳の時に他界しました。父は大正3年9月4日生まれで今年が生誕100年にあたります。なんと母も同じ9月4日生まれで今年の9月に94歳になるところでした。そこで9月4日に私たち子供3人、孫7人、ひ孫らがみんな集まって父の生誕100年と母の94歳の誕生日をお祝いしよう、という企画を立てていました。その矢先の母の死でした。

 

 

親の愛は無償の愛

 

 先日、一般社団法人倫理研究所の富士高原研修所において開催された経営者セミナーを受講してきました。二泊三日のセミナーの中で「恩の遡源」の講義がありました。一枚の紙が受講生に配られました。その用紙には縦に「幼年期・少年期・青年期」と書いてありました。その用紙の横に「あなたが親からしていただいたこと・あなたが親にしたこと」とありました。「いまからその用紙に記入してください。」と講師の先生が言いました。親からしてもらったことはすぐに書くことができ、その用紙の空白部分が埋まりました。ところが、自分が親にしたことの欄にはほとんで何も書けないのです。幼年期・少年期・青年期と親から多くのことをしていただきながら自分は親にはほとんど何もしていないことにその用紙を前にして痛いほど気付きました。ある一人の受講生はその用紙を前にして号泣しました。「親は自分に多くのことをしていただいたのに自分は何もしなかった。申し訳ない。すいません・・・。」

 今の自分があるのは私を産み、育てていただいた親のお蔭です。その両親はもうこの世にいません。これからは親からいただいた愛に対して恩返しするのは家族であり、社員であり、お客様であり、取引先であり、地域の人であり、すべての人・物に対してです。

 

 

最後に次の二つの言葉を亡き母に捧げます。

  1. お腹を痛めて私を産んでいただき、心から感謝します。

  2. あなたが母で私は最高に幸せです。